「君は何年うちに勤めるんだ?」いきなりそう聞かれた。
普通は、ずっと勤務する前提で勤め始めるのになんだ?と思った。
聞けばなるほど、
この建築設計の業界では徒弟制度に近い。丁稚奉公とか職人の世界のようなもの。仕事は盗んで覚える。とっとと仕事を覚えて独り立ちしていくものだ。仕事のできんヤツがいつまでも安い給料のままで残る。むしろ給料は要らないから仕事を覚える為に自分を置いてください!って世界だ。
「早く仕事を覚えて、一人で仕事をこなして回していくようになりたいのじゃないのか? じゃあ早く仕事を覚えてうちから独立するくらいの気持ちで取り組むべきだろ? そういう意味で、『何年この事務所に居るつもりだ?』と聞くんだよ」
中途入社だけど初めて勤めた設計事務所の所長はそう言って僕を迎えてくれた。所長1人、スタッフが自分1人の小さな事務所だった。話し好きでいろいろ教えてくれた。初めての「師匠」だった。
その師匠が、11月20日の今日、亡くなったと連絡を貰った。
ちくしょう、まだ越えてないぞ。
合掌。
お通夜に顔を出してきた。
奇しくもその葬祭場は10年前、おれが図面を引いた葬儀場だった。(設計はあそこんとこ)
お通夜に行ったはいいが、奥さんの顔も名前ももう覚えていない。でも、顔を見て思いだした。20数年ぶりなのに奥さんも覚えていてくれた。そのうち桑名のご自宅にお邪魔するつもりだったのにと話すと、明るい声で「んもう! もっと早く来てくれなきゃ!」と笑顔を見せてくれた。気遣いが嬉しかった。
お寺さんは無量寺さんだった。
(参拝者の焼香は読経してるうちから始めて欲しいなあ)
(お通夜のときの説法はもっと短く! くどくならないように!)
渡辺章さん、
僕が24歳のとき、大工はつまらないと思ってたときにあなたに出会って設計の道を進むことにしました。あなたがいろいろ話してくれたことは今の僕の基本となっています。僕の設計をあなたに認めて貰いたかった。あなたにコンタクトを取るときは対等の土俵まで上がったときだと思ってたのに、ずるいじゃないですか。まだ61歳でしょ?早すぎます。残念です。
僕はまだこれからあなたに負けない仕事をしますよ。天国で見てて悔しがってください。いつかあの世でまた会うまで、おやすみなさい。