7月の2日・3日を使って土嚢袋に泥を詰め込む「ひとりでできるもん」ツールを配ってきました。
100個弱でおよそ200kg余り。連れの車に積み込んで朝6時に出発
行き先は東松島・石巻・南相馬・いわき
この日のために災害派遣従事車輌の証明という天下御免の御札書きを頂いておきました(高速料金無料ね)
経路は、
伊勢湾岸道
→東海環状
→土岐JCTで中央道
→長野道
→更埴JCTで上信越道
→藤岡JCTでちょこっと関越道
→高崎JCTで北関東道
→岩舟JCTで東北道
→仙台南有料道路
→仙台東部有料道路
→三陸自動車道→鳴瀬奥松島IC→矢本IC で降りて東松島VCへ
東松島VC到着が午後3時頃だった。
スタッフに「どのサポ」を見せて反応を伺いつつごそっと渡してぎこちなく記念写真w

ものの10分かそこらで東松島VCを後にする。もっとゆっくりしていきたいんだけど、ツイッタやってる人が見つからなかったので後ろ髪引かれながらも退散。
次ぎに専修大学にある石巻VCに向かう。
東松島から石巻に通じる道路周辺は津波被害にも遭ったのだが、震災から3ヶ月以上経ち、割と片付けも進んでいるようだ。がれきの山積みになった箇所とかもあるが、街は落ち着きを取り戻しつつあるようだ。ここよりもっと海岸線の方はまだ悲惨なままのはずだがここからはそれが伺えない。
ちょっと迷って午後4時頃到着。石巻VCにはツイッターでコンタクトをとっておくことができなかったのでいきなりの持参。VCの責任者を探して「どのサポ」を見せる。
責任者のさとうさん曰く、「一目見て欲しい!と思いました」と言ってくれた!
そんな言って貰えたら嬉しくてこっちも小躍り ↑(^^_)ルン♪
ここにもごそっと渡して記念写真w

専大を後にして向かうは、おいらが前から行ってみたかった、日和山公園。
ここからは石巻市の甚大な被害を受けたところが一望できてる。
そこはホントに山だったw 登ったらあちこちのサイトに掲載されている写真の通りの惨状が眼下に広がっていた。
しばし絶句。。。。
不謹慎で申し訳ないが、これをこの目でナマで見たかった。
海がすぐ目の前。水面と地盤はさほど高低差はない。海岸に土嚢が積んであるが、一部は陸地に海水が浸水してきている。水捌けが悪いのか道路も一部冠水したままだ。そこをときおり車がしぶきを上げて走る。まだ重機があちこちで動いていたりするがおおかたのがれきは撤去されたようだ。
これは地震被害というよりは水害なんだろうな。津波という水害。
52年前の伊勢湾台風の記憶なのだろうか、水害にはなにか引っかかるものがある。
(いっとくけど52年前はまだ生まれてないよ)
大変な災害だったね、大変だったねと心で手を合わせる。
また来るよ と呟いて日和山公園を後にした。
さて、仙台市内の宿に向かう。
長くなったのでまた後で書く。
4月と5月と計3日間だが、ボランティアに多賀城と東松島に行った。
ツレも5月に4日間、いわき市にボランティアに行った。
で、土嚢袋に津波ヘドロを詰めるのに、大の男が土嚢袋の口を持ってドロを詰めてもらうのを待ってるってのもあんましサマにならないなあ ってことで考えたのが、
土嚢サポートグッズ、略称どのサポ
なにそれ? 勝手にネーミングしていいの?

まだ試作途中で、丁番の代わりにガムテープで止めている(^^;
自立させて、中に土嚢袋をかぶせて、スコップで泥を入れる。人が土嚢袋を持ってなくてOK

材料費を寄付してくれるという人が出てきましたので、ツレが100個作って被災地のボランティアセンターに送ろうと計画中です。
僕もツレもホントは持って行きたいんだけど、もう不景気で、ボランティアにも行けないほど資金的余力が枯渇しちゃいまして。。
なのでこのブツを寄贈しますので、送ってくれる人もしくは送料のカンパしてくれる人募集です!(マジに)
ブツは名古屋市港区で作っています。
ツイッター: @iigar まで
企画製作: @mkaustenite
( ↑ アカウントあるけどあまりツイッター使い慣れてないので、生暖かく見守ってやってw)
原発の収束がなかなか見えてこない。
福島で学校に通ってる子供ら、放射線量が高いままなのに、
なんで避難させてやれんのか。。。
日本てひどい国だ。
後で大げさだったなと笑い話にしてくれるならそれでいい。
後であのとき避難していたらと気が付いてからでは遅いのだ。
哀しい
4月30日頃 田植え
5月26日頃 防虫剤散布
6月12日 ヒゲ草取り
んー・・ あかんなー
気力が萎え~~~
あかんあかん これではアカン
6月11日、脱原発アクションin名古屋(若宮広場)に行ってきた。
今まではデモがあっても冷ややかに見てたけど、
今回は盛り上げる側に立ちたかった。
それにしても仕事がヒマ。
金がないー(泣き)
菅さんが誰かに代わってもそんな大して違いはないだろう。
だけど、
放射能から子供を避難させること
福島県浜通り中通りから原則子供は避難。
その他の都県でも避難希望者は東電負担にて避難させる
農産物・海産物はしっかり補償すること
その他ありとあらゆる放射能による経済的損失を補償すること
これを実行してくれる人が首相になってほしい。
雨漏りさせんなよ。(--;
ちきしょー 仕事がないぞーo(><;)(;><)oジタバタ
5月19日(木)21:30 名古屋駅西口出発。再びWillerTravelのバス。リラックスシートは眠れるから嬉しい。
隣にきたにーちゃんが汗くさいのには閉口したw
今回は愛知県内で道路工事?による渋滞12kmを避けるため、新潟経由で仙台へ。ちょっと余計に時間がかかるんじゃないだろうか。案の定、なんかバスは急いでるのかちょっと運転が乱暴に感じた。
朝07:35頃到着。荷物をバスから出して貰って急いで東口から西口へ移動。
東松島社会福祉協議会のマイクロバスが待っている。バスの前に世話役の黄色いビブスを着用したおにーちゃん。
住所・氏名・電話番号を書いて受付終了。バスに乗り込む。バスで仙台駅に迎えに来るのは今日で3日目で、今日は20人。初日が少なくて16人、昨日が23人?(と言ってたかな?) うち、女性は3人か4人?くらい
1時間ほどかけて移動。朝メシ食ってないから腹へった。東松島社会福祉協議会の前を通過し、現場近くのボランティア出張所に直行。バスを降りたときに名古屋駅で買ってきた差し入れの赤福を世話役にーちゃんに渡す。戦闘服に着替えるのと、空腹では昼までもたないのでパンを慌ててかじる。
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文部科学省が子供の年間基準を20mSvとした件。
多くの学者研究者はそれは危険だと言っている。
原子力委員会もそれを容認していないと言っている。
これは未必の故意の傷害罪で告発できるんでないか?
避難を指示すると補償しなきゃならんからか?
どんだけ東京電力を庇っているんだ。
数年後に影響が出てきてからでは手遅れなのだ。
親も、政府の発表など真に受けず直ちに避難するべきだ。
経済的負担など難しい問題もあるだろう。
でも後で悔やむことになってからでは遅い。
避難してほしい。
後から後から、こうだと思ってたけど実はこうでした。 って
釈明のような会見が続々出てくる。
今までの発表は全部ウソだったってことだ。
最悪を想定してない訳がない。
しかしその想定を隠す。
発表しない。
パニックを怖れて って、
親にイタヅラ見つかったときに叱られるのを怖れた言い訳みたいなことを言うな。
東京電力も政府も、全く信用ならない。
自分の身は自分で守らないとならない。
お願いだから避難してほしい。








